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音楽祭の軌跡

音楽祭の軌跡
 
グレン・ミラー音楽祭へ思い
私たちは、生活の中に、常に心豊な音楽が溶け込んでいる事で、平和でより魅力的な街づくりを目指し、そして玉名独自の文化を創り上げ、「グレン・ミラー音楽祭」が日本で唯一、世界を代表するスイングジャズの祭典へと発展するよう、この事業に夢を託します。

玉名女子校吹奏楽部を日本一の座へ 森義臣氏
   森義臣(よしおみ)氏。 
森先生は玉名女子高等学校に34年間勤務され、玉名女子校吹奏楽部を  日本一の座に導(みちびかれた)かれた方です。
 若いころからグレンミラー音楽に親しまれており、あるときグレンミラーを知らない生徒に「真珠の首飾り」や「茶色の小瓶」「インザムード」という曲を演奏させたら「この曲は面白く、楽しい」といったのにすごく感動したそうです。 

それがきっかけで、玉名女子校吹奏楽部がスイングジャズの演奏にとりくみました。 

森氏は当時、玉名演奏者協会会長や、玉名市民合唱団指揮者、熊本県吹奏楽連盟の理事長など、玉名のみならず熊本県の音楽会のリーダー的存在の方でした。 

また、まちづくりにも大きく貢献され、「かたつむり人生」や「熊本の吹奏楽」などの著書もあります。


グレン・ミラーと玉名への想い
16年前より (社)玉名青年会議所の事業として街づくりフォーラムを毎年開催してきました。
“玉名”の街づくりを考えたとき、今何が問題点なのか?どうすればよいのか?
現在を見直し、未来の姿を創造しよう、というきっかけからです。
「みんなで語ろう玉名21世紀へのデザイン」をスローガンに合計約400名の市民を集めて開催されました。
また、建築士会を巻き込んで専門的な意見を考慮しながら、地域をもっと知っていただく為の玉名の文化や祭り、行事等のスライド映写会。
パネルディスカッション等を開催してきました。
 
グレン・ミラーの波紋
回を重ねた平成5年、各市民団体が、独自に取り組んでいる、街づくりの観点を統一する為に、青年会議所と友好関係にある街づくり団体と共に「有明わさもん塾」を結成しました。
「有明わさもん塾」は音楽を通した街づくり団体「翔和会」8つの商店街を取りまとめている「商店街連盟」海外の恵まれない子供たちを支援する「蓮華院国際協力会」、フリーマーケットでおなじみで、リサイクル運動の「火種CHAN」、玉名の町並みを提案する「建築士会」、玉名のメインの観光となる「旅館組合」そして、「地域づくり推進協議会」等8つの団体で構成されています。
グレン・ミラー音楽祭の核
春の公開講座と銘打って、
玉名郡市11団体、市民200人を集め、旅行ジャーナリストで「日本一づくり」をはじめ、全国各地の地域開発の策定やアドバイスを行っている毛利好彰(もうり・よしあき)先生をメインとし、全国で活躍中の写真家、エッセイスト、建築家、評論家など、合計13名のパネラーを招いて「明日の玉名」について熱い討議が交わされました。
分科会形式で徹底討議された結果、各種街づくり団体の一致団結と街づくりの「核」となるものが必要だと提言されました。
グレン・ミラーの交流
これまでに全国的に評価を得ている、玉名女子高等学校吹奏楽部は、グレンミラー生誕地協会の招きで1990年(平成2年)に第14回グレン・ミラーフェスティバルに参加しました。
このすばらしい音楽文化交流の様子は、開催地アメリカ合衆国アイオワ州クラリンダ市を中心に撮影が行われテレビ番組となり日本国内で放映されただけでなく、アメリカ経済情報誌「フォーブス」にも取り上げられる程の成果を納めました。
その後、交流の輪は拡がり、平成5年にも、玉名国際交流協会は玉名市長を団長として玉名市民合唱団、玉名女子高等学校吹奏楽部と共にクラリンダを訪問しました。
玉名の財産へ
現在、グレン・ミラーに関する著作権、版権などは息子のスティーブ・ミラー氏が所有しています。
「グレン・ミラー」というネーミングは許可無く使用できませんが、このような交流から、玉名は特別に許可をいただき、グレン・ミラー生誕地協会日本支部は国内では玉名以外での「グレン・ミラー音楽祭」という名のつくものの開催許可を認めていません。
これは、あくまでグレン・ミラーを愛し、地域おこしの一環として市民の企画に基づき許可されるものであり、玉名にとっては、偉大で貴重な財産となった訳です。
グレン・ミラーの生い立ち
スウィングの王様「グレンミラー」は 1904年(明治37年)アメリカアイオワ州クラリンダで生まれました。
家庭は決して裕福ではありませんでしたが アルバイトをしてでも、トロンボーンを買うくらい根っからの音楽好きでした。
コロラド大学を2年で中退して音楽の道を進みます。

ベーニーグッドマン、カウントベーシー、トニードーシー などと音楽的魅力を競い合い、スウィングバンドの隆盛時代を築き上げて来ました。
グレンミラーオーケストラの人気は1937年(昭和12年)ころから上昇し、全米バンド人気投票でトップとなったのです。
グレンミラーオーケストラのサウンドは音楽構成、和音構成、ショーアップなど、工夫を凝らして創り上げられてきました。
バンドレパートリーにはグレンミラーの音楽に共鳴した作曲家、編曲家も多数参加し、 現在3000曲以上に昇るようです。

グレンミラーは1942年に軍隊に入隊し、軍楽隊を編成し活動を始めました。
当時元帥(げんすい)であったアイゼンハワー、のちの34代大統領に認められ「グレンミラー大尉、と彼の連合国、最高司令部付き、アメリカン楽団」 と、ちょっと長いですが、との正式名称で、直轄隷下(ちょっかつ れいか)部隊となりました。
しかし、1944年(昭和19年)12月15日、グレンミラーはパリへ向かう飛行機に乗ったまま帰らぬ人となりました。

第1回グレン・ミラー音楽祭
当時、有明わさもん塾は、この「偉大で貴重な財産」を街づくりの核とし、
森氏を塾長に、音楽祭の実現に向けて、1994年 平成6年7月ついに第1回グレン・ミラー音楽祭を盛大に開催しました。
ただ、この時は実行委員会は設立しておらず、わさもん塾構成団体の「荒玉地域おこしグループ翔」(現在の地域づくりグループ翔和会)の主催でした。
これはその時のチラシです。
皆様もおなじみ、グレンミラーオーケストラ、元ボーカルであり千昌夫の元、奥さんでもあるジョンシェパードさんをゲストでした。
「ジョン・シェパード」さんは、玉名女子校との共演に厚く感動され、この音楽祭の、市民への定着を強くアピール出来た、音楽祭となりました。
この年、玉名女子高等学校吹奏楽部は第20回グレン・ミラーフェスティバルに参加し大成功を収めています。
第2回グレン・ミラー音楽祭開催
山崎さとこ

高橋達也 

村田浩


翌年の1995年 平成7年には 「グレンミラー音楽祭実行委員会」を設立して 「グレンミラー音楽祭実行委員会」の主催として5月に、第2回グレンミラー音楽祭を開催しました。

高橋達也、山崎さとこ、村田浩をゲストに開催しました。

このころから、下関ファンキージャズオーケストラや、 グッディグッディオーケストラなど、九州内外で活躍しているアマチュアバンドも招待しました。

この音楽祭が市民は元より、行政、各方面より予想以上に高い評価を受け、地域おこしの目的に向かって着実に歩み始めた 。
第3回グレン・ミラー音楽祭
 
そしてこの音楽祭の影響もあり、クラリンダ市と玉名市の交流がさらに深まった結果、翌年の1996年 平成8年 第3回を開催した年の4月3日 ついに両市が姉妹都市を締結するまでにも発展しました。
さらにそのお祝いとして本家グレンミラーオーケストラが、「結成60周年記念クラリンダ市・玉名市姉妹都市締結記念コンサート」と銘打って来玉し、盛大かつ感動のコンサートが開催されるに至りました
第4回グレン・ミラー音楽祭


池田順子さん

1997年 平成9年 4月第4回はこの音楽祭のために来日いただいた「ジョン・シェパード」さん「池田純子&ジュンブライツ」をゲストに開催しました。
この年から、地元中高生の吹奏楽部のステージを盛りこみました。
また、ゲストとの共演をプログラムに取り入れ、生徒達にとっては二度とない、貴重で、すばらしい経験をし大きな夢を与えました。
グレンミラー音楽祭 実行委員会 事務局
このころ、実行委員会は、青年会議所事務局内に置かれていましたが、 この年より、所有者のご好意によりビルの一室を無償で借り受け、 独立した事務局を開設するまでになりました。
グレン・ミラー音楽祭後援会の発足
当時、この音楽祭の趣旨に賛同していただける企業や音楽の好きな個人を対象に、後援会を発足しました。
年会費は、法人が1万円、個人は3千円としただいま法人が46口個人が85名、おられます。
その、後援会の年会費で、事務局を運営しています。
現在は、事務局維持費までしかありませんが、もっと後援会を増やして、入場料無料の音楽祭を目指しています。
大勢の皆様が、後援会に入っていただければ入場料無料に出来ます。
どうぞご入会下さいますようよろしくお願いします。
第5回グレン・ミラー音楽祭
1998年 平成10年第5回は「柳沢真一 バンド」をゲストに開催しました。
この年から市民が楽しんで参加出来る環境づくりに重点を置き、会場の外で、チャリティーバザーやフリーマーケット、屋台村を同時開催としています。
 
第6回グレン・ミラー音楽祭
平成11年5月第6回はスリーグレイセスや北島直樹さんをゲストに開催しました。
スリーグレイセスはダーク・ダックスなどを育てた故・小島正雄氏のもとで結成され1961年 シングル「山のロザリアが、ミリオンセラーを記録。
1962・63年 私が生まれた年ですが、NHK紅白歌合戦に出場。
サントリーやHONDAのコマーシャルイメージソングを歌っています。1995年には、クラリンダでの「グレンミラー・フェステイバル」にも出演されています。
北島直樹さんはピアニストでCMや番組のテーマ曲などを作っておられます
グレン・ミラーの感動を伝える
いかに市民に浸透させる玉名では、音楽祭だけでなく数々の関連の演奏会も開催しています。
アメリカが世界に誇る最高のバンドで、兵役についているスタジオミュージシャン、音楽大学卒業生、作曲家、バンド指揮者等から、厳しいオーディションに合格した者だけしかメンバーになれないバンドで、地方都市では、まず演奏をやらないと言われているアメリカ国防省の「ジャズ・アンバサダーズ」「エアーメン・オブノート」「パシフィック・ショーケース」等、毎年数々の世界トップクラスの演奏を市民に披露されました。
この様に、音楽の波は確実に広がり玉名地区では、花菖蒲コンサートや玉名音楽祭、クルージングコンサートなど四季を問わず、数々の音楽会が開催されるまでに、発展しました。
演奏会の開催
いかに市民に浸透させる玉名では、音楽祭だけでなく数々の関連の演奏会も開催しています。

アメリカが世界に誇る最高のバンドで、兵役についているスタジオミュージシャン、音楽大学卒業生、作曲家、バンド指揮者等から、厳しいオーディションに合格した者だけしかメンバーになれないバンドで、地方都市では、まず演奏をやらないと言われているアメリカ国防省の「ジャズ・アンバサダーズ」「エアーメン・オブノート」「パシフィック・ショーケース」等、毎年数々の世界トップクラスの演奏を市民に披露されました。

この様に、音楽の波は確実に広がり玉名地区では、花菖蒲コンサートや玉名音楽祭、クルージングコンサートなど四季を問わず、数々の音楽会が開催されるまでに、発展しました。
グレンミラーへ
1999年の年末には後援会や、顧問の皆様をお招きし「サンクスパーティー」と題して感謝パーティーを開催しました。
ピアノ教室の先生という二つの顔をもつ二人の事務局員さんによる演奏もあり大変盛りあがり、音楽祭の、意義の浸透に、努力しています。
市民会館の玄関付近のスペースでは構成団体の「リサイクルグループ火種ちゃん」によるフリーマーケットや商店街連盟による「屋台村」を設置して音楽祭を盛り上げました。

ハロースタンプ会による「大抽選会」国際交流協会による「写真展」など盛りだくさんのイベントを準備し丸1日楽しめるように企画しています。
4月3日という日はクラリンダとの姉妹締結の記念の日でまた、桜の季節、という玉名が自慢できる日を選びました。(現在は5月末頃に開催しています)
グレンミラーを聞いて、立願寺のお風呂につかり、夜桜花見で一杯というように県外からの観光客も十分満喫できるプランだと思います。
どうぞ、お友達、お誘いのうえ、お越し下さい


最終更新日: 2007年7月31日(火) 12:03 JST; 3,407 閲覧件数 印刷用画面